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残念なライブ

晩御飯つきのライブチケットをただで頂いた。旦那の知り合いが買ったのだが行けないのでくれたのである。何でも取引先の経営者が出演するそうで、おつきあいで買わされたものだそうだ。どんなジャイアンだ。
他の出演者はわざわざ東京からプロを呼んでいた。あまり詳しくないのだがキャリアが長く、凄そうな賞も獲ってる人だった。で、当然うまいしライブ自体はよかった。ジャイアンかと思われたくだんの経営者にしても、上手ではないがミスりながらも必死で演奏する様が却ってほっこりしたくらいだ。タダメシだしライブはうまいし文句のないはずだった。

しかし後半になると疲れがひどく、帰りたくなって仕方なかった。
三時間椅子に座るだけでこんなに疲労するのか。このチケットはそもそも知人が仕事のつきあいで買ったものである。スーツの人がやたら多いし、開始前には仕事の話をしていた。その経営者の出番となると後ろからヨイショが激しくなるような状態である。
これが飲み屋でもっと砕けた雰囲気であったらここまで疲労はしてないだろう。飲み会なら飲んだりしゃべったり騒いでもいいはずだ。仕事の付き合いで興味もないのに来た人ばかりで、お酒をどんどん飲んで騒ぐような雰囲気でもなかった。うまい人が歌ったり演奏したりしてるのが逆にやりづらいだろうなあと悪い気がする。
席がわざわざ演奏者に向けてあるのもなんだか演奏会を聞きに来ました感があってよろしくない。
そういういささか残念な理由で疲れてしまった。
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来年の手帳を買ったけどほぼ日手帳買った。

手帳ジプシーが悪化している。

去年の今頃、2014年版の話からしよう。モレスキンのマンスリータイプを前年に続いて使うつもりで買った。ウキウキ気分で万年筆を買ったのが運のつきで、モレスキンは万年筆の裏抜けがひどく、使い物にならないことに気がついたのである(長年のユーザによれば昔はこうではなかったらしい)。
すっかり勘違いしていたが、ピカソなどの有名人が使っていた訳ではなくそうと誤認させるようとしていただけなのに遅まきながら気付いてしまった。普段はブランド品を小馬鹿にしてるが、いざ自分の好きなジャンルとなればブランドに弱いのである。
モレスキンはパーソナルデータを書き込んだ後だったが、これとは別にトラベラーズノートを名入れして購入した。連結すれば好きなノートを三冊まではさめるし、マンスリーと、メモは罫線とセクションにした。下敷きを注文するときにサイズを間違えたので買いなおした。罫線とセクションは予備を何冊か買ってある。
そして日記帳はモレスキンのXSである。すでに手帳用のペンがあるので消費すべくこれはそのまま使うことになった。
トラベラーズノートを見るうちに同じメーカーが作っているMDノートダイアリー文庫サイズの日記帳が気になった。五周年記念でなんと限定品で帆布のカバーがあったのでそれだけ先に買って、2015年用に使おうと決めたわけである。

で、今現在手元にある手帳が、博物ふぇすで買ったスケジュール用、To Do用にトラベラーズノートのメモ帳、日記にはMDノートダイアリー文庫サイズ、ついでに家計簿にもスケジュールとメモページがついている。この状態で更にほぼ日手帳を追加するか悩んでいるがそうすると限定品のカバーまで買ったMDノートダイアリーの使い道がなくなるのである。業務日誌つけるほどじゃないし面倒くさいからやらないし。
1日1ページも書けるのかは心配だが、使い道に困っているマスキングテープと意外にたくさん持っているスタンプやインクが活用できるのではないか、そもそもカバーのローズプードルが好みすぎるという理由で3500+税を買っていいものか悩むのである。
どうも定番と思われるブラックなんかも裏地の色が変わったりするので来年も同じ色があるとは限らないようだ。ほぼ買う方に心が決まりかけて、あとは購入ボタンを押すだけである。
気づきの手帳ってのもちょっといい気がする。

というわけで買った。やっぱり本体は英語版の方がデザインがすっきりしてるしお言葉が正直邪魔なので。

発達障害と提携発達者との感覚の違い

感覚の話なんて、まず誰かとすることはない。そんなものはいちいち話さなくても、みんな一緒だという前提だからだ。しかし発達障害の人には感覚過敏がとても多い。特定の肌触りが駄目だったり、特定の周波数の音が苦痛だったり、蛍光灯のちらつきが見えてしまい気になるとか、歯でものを噛む感覚がダメで丸のみしかしない子供もいた。

こういうものは自分には当てはまらないと思っていた。感覚に限らないのだが私の場合は、その場その瞬間では感じたり反応をしたりしていのだが、「じゃあ認識しているのか?」というとしてないことが多いのである。
これだと意味が分かりにくいので具体例をあげる。
たとえば薬の効果と副作用。
効果のはっきりした睡眠薬を除いてよく分からない。旦那が副作用などを調べてくれて「のどが渇く、血圧が上がる」と教えてくれると「そういえば当てはまる」と思う。その場その場ではお茶をがぶ飲みしたりするがそれが症状だとは思っていない。血圧などは言われて初めて「そういえば立ちくらみをしなくなった」と気がつく。
他にも体のあちこちをぶつけて、その瞬間は痛いと声をあげるが、いざ風呂に入ったときに初めて「いつの間に、どこでぶつけたんだろう」と思うのである。

本にも書いていないが非常に違うのが頭の中だ。思考の仕方がまるで違う。
一つのことに集中しない限り、突拍子もない方向に飛びまわるのが思いつきだ。瞬時に次々といろんなことを考えたり思いついたり、思い出したりする。頭の中はたくさんの物事でいっぱいになる。
定型は普通一度に一つのことしか思いつかないしせいぜい二つらしい。それ以上は脳が処理しきれないからそもそも思いつかないらしい。便利だ。
たくさんのことを思いつけば、最初に思いついた方から大事なことも含めてどんどん忘れてしまうので、メモが不可欠である。定型は「忘れる程度なんだから大事なことではない」「大事ならまた思い出す」と考えるそうだ。私は大事だろうがなんだろうがすぐに忘れる。思い出すことと重要度は関連性がない。だからいつも何か忘れていないか不安だ。何しろ自分の脳は信用ならないのである。
そしてメモを取れば安心というわけでもなく、いわゆる「メモを取ってもそれを見返すのを忘れる」ということが起こりがちである。

少し前にデジタル耳栓が話題になった。感覚過敏の自覚がない人でも、使ってみたら効果があったという人もいる(全然効果がない人もいる)。
私は常に感覚がフルでオンになっているようだ。視覚や聴覚からさまざまな刺激が常に入ってきて集中を中断し、今まで考えたこととは何の関係もない思いつきが連続するのである。非常に注意が逸れやすい。
たとえば正面にいる旦那と話をすると、旦那の顔の表面にある毛穴や小さなホクロが気になって話が入ってこない。同様に目を見ながら話すことはできない。
定型発達者というのは五感にしろ注意力にしろ調節が利く。状況・重要度に応じて感覚・注意力の強度が自然と変わる。
最近このことを知ったので「いいなあ定型は便利だな」と思う。

旦那とここまで深く話したのは初めてだ。

theme : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
genre : 心と身体

SNS依存症と過集中

ストラテラを飲み始めて一年以上経ったのだろうか。SNSへの依存+過集中は思えば今年の春あたりから始まっていたのかもしれない。
ちなみにネットが自宅に導入された高校生の自分からネット中毒ではあった。昔の過労で死にそうな時も神経が昂ぶってとても寝るどころではなかったから深夜まで動画を見ていた。元々依存症になりやすいんだと思う。ADHDは刺激に弱いらしいし。

春からは旦那が土日休みでない仕事につくかもしれなかった。増税前というのもあって暇つぶし用に大人の科学やら色々買い込んだ気がする。この辺はまだ履き違えてなかった。微妙なラインなのが博物ふぇすてぃばる! で、もちろんイベント自体は魅力的だし散財したことも含めて後悔していない。

私は東京の駅が理解できなかったので非常に怖かったのである。だからお金が必要な時期なのに大金をはたいて、旦那と一緒にいる時間を削ってまで恐ろしい大都会に行ったという異様な状況であった。

イベントのために出展者のサイトやツイッターをチェックする必要があった。その辺がきっかけだったのか、ひたすらタブレットにかじりつくようになった。前からネットを使う時間自体はそれなりに長かったが過剰な依存はなかったように思う。

結局旦那は土日休みの仕事に就いたので、本来なら何も問題は発生しないはずだった。しかし旦那の居なくなる寂しさを紛らわせるための暇つぶしのはずが、暇つぶしのために肝心の旦那を放置する異常事態になったのである。

では具体的にどんな状態だったのか?
過集中と言うとものすごく集中している状態に思えるだろう。自分でもそう思っていたし旦那からは時々「集中力がすごい、よく何時間もぶっつづけで集中できるね」と言われていた。精神科医によれば集中というのは適度なものを指すのであって、話しかけられても気づかないのは集中じゃなくて過集中だそうだ。

どう変わったのかというと、まず生返事が増えた。前から聞いてないことが多かったとはいえ(同時に二つのことができないので何かをしていたら自然と生返事になる)。末期になると旦那が意味のない言葉を試しに言ってみると私がそれに生返事を返すこともあった。更には自分のした生返事に対して生返事までしていたそうだ。なにそれ怖い。

食事のときもタブレットを見ながら。作ってくれるのは旦那なのにずいぶん失礼な話である。二人で楽しむテレビの時間もツイッターしながら。録画を見るときはすぐに番組を見ながら寝てしまった。毎日寝付くのが三時くらいなので睡眠不足で夕食後の録画消化の頃にはつい寝てしまう。二時間くらい仮眠を取って更に眠れなくなる。二人の時間なんてまるでなかった。

元来私は寂しがりである。そんなことすら旦那と結婚するまで分からなかった。誰とも気が合わないし、一人で生きるのが気楽だと信じていた。実際には私の寂しがりは異様なほどで、同じ家にいるのに旦那が視界からいななると寂しくなるので時折奇声を発して気を引く。こういうのは脊髄反射である。

そういう極度の寂しがりなのに旦那を放置して余計に寂しくなる。そうすると尚更ツイッターに没頭するようになって寂しさがどんどん累積していくのである。
タブレットに没頭する→旦那をないがしろにする→愛情が供給されない→さらに寂しくなる→さらに没頭する→さらに旦那を放置する。何を言ってるのか自分でもよく分からないが察するにそういう理由だと思われる。
旦那と話すのは寝る前のわずかな時間だけだ。その時ですらタブレットを離さないときもあった。

「一緒にいてもひとり」にはアスペは不安になると好きなことで気を紛らわす。これも旦那からは「俺は不安になったらそのことばかり気になるから趣味は楽しめない」と言われた。旦那は定型だが子供の時分には落ち着きがなくADHDっぽかった。今は落ち着いていて一日でもじっとできる。

旦那の数少ない趣味が野球を見ることだ。
このときは私に断わりを入れてテレビで試合を見始めた。ここは記憶があって「なんでいちいち許可を取るのかな」と思った。旦那がテレビを見ている間、私はツイッターしながらずーっと大きな唸り声をあげて威嚇していたらしい。二時間ずっとだ。
ギャグで野太い声を出すことはよくあるのだが、これに関してはまったく記憶にない。この話を聞いたときは思わず「誰だお前」と自分に対して言ってしまったくらいだ。過集中になると記憶にも残らないし人格も変わってしまっているようだ。

旦那が視界にいないと異様な奇声を挙げて旦那が部屋に来たら何事もなかったようにツイッターを再開する。戻るとまた奇声を出す。いつもの気を引くための奇声とちょっと違って本当に奇声なのである。
結局気になるからパソコンのある部屋から移動して私と同じ部屋にいる。かといっておしゃべりしたりするわけでもない。束縛されても私はツイッターに没頭しているのである。旦那は何をするでもなく、心ここにあらずの私と同じ部屋で何もできずに孤独に過ごすしかなかった。
そういう所在なさげな旦那の記憶はうっすらある。

かすかに覚えているできごとをもう一つ。
そのときはタブレットではなくパソコンを使っていた。夜遅くなり旦那が心配そうにこちらをちらちらとみているのが分かり私はいらついていた。覚えはないが何度か旦那が寝るように促したときに「嫌だ、寝ない」と言ったようだ。最終的に私が切れて大声で怒鳴った。それは覚えている。「うるさい、邪魔するな」などと言ったらしい。
旦那が床に入ると余計に寂しくなってしまって徹夜した気がする。怒鳴りつけたのがきっかけで旦那は私の顔色を窺うようになった。自分さえ我慢すればいいと思ったそうだ。

遅くまで毎晩起きていたので当然睡眠不足が本当にきつくなってきた。やっている最中はギンギンになっている。「目つきがおかしかった、キマってた」と旦那は言う。あんなに過集中でタブレットを見つめていたら眠れなくて当然だ。

タップしてRTばかりを繰り返す。何のために純正キーボードを買ったのか。文章を書くのが好きではなかったのか。頭を使うのがめっきり減った。まるで猿だ。

精神科医の診察のときに、寝ようと思っても寝られないこと、ツイッターがやめられないことを相談した。
「元気すぎるのはストラテラのせいだと思う」とはっきり言うことはなかったが、ストラテラを減らしてくれるだろうと期待していた。医師は薬の事典を調べてストラテラが足りていないと判断して増量、睡眠薬はユーロジンからコントミンに変えた。てっきりストラテラが悪くてこうなったと思っていたので不服だった。

過集中になると話が聞こえなくなるのは私だけではないようだ。医師は話しかけられても雑音にしか聞こえない状態と言っていたが少し違う。そもそも聞こえないことが多いのだが、話しかけられていることも、その内容も理解してはいるのだが、強力な見えない壁に隔たれている感じがする。遠い国のできごとのようで現実味がない感じだ。

その日の夜に旦那と深く話し合った。そしてここまでに述べたことにようやく気付いて目が覚めた。旦那がつらい思いをしていたことも打ち明けてくれた。いつも自分の中で解決して折り合いをつけてから旦那は話す。
まとめて話し合う時間が取れていろいろ疑問も解けた。なぜいつも異様なまでに寂しいのか。今まで自分が何をしてきたのかやっと分かった。
旦那は「ヤク中が治った人みたいなことを言うね」と言っていた。

この問題も発達障害にありがちな入力デバイスの狂いがあるかもしれない。

そもそもSNS依存と言っても私はネットの人間関係がほとんどなかったのでそれそのものにはさほど依存してはなかったのではないか。なにせリプライなど滅多に飛ばさない。人からの返信待ちだったわけでもない。ただし自分がRTしたものを誰かがRTするのはおもしろかったので人の反応を全く期待していないわけではなかった。そういう淡い反応への期待だとしたらまかり間違えばパクツイなどしていたかもしれない。

そして、完全に怒り中毒になっていた。
ネットをしていると面白いRT以外にも炎上で回ってくるものが多い。そういうものに対していちいち怒っていた。怒るとすっきりするどころか余計に腹が立つ。旦那から見ても常にいらいらしていた。私がぴりぴりしているので旦那は話しかけるのを控えるようになって待ちの体制になったそうだ。
スルーすることができず、不愉快なものを見るたびにいつも怒るはめになる。
ツイッターをする時間そのものを減らすか、この手のものをやたらRTする人はフォローを外していく。

それからは反動でしばらくほとんどネットを使わない日をすごした。日々を丁寧に送れたと思う。アナログに戻って紙媒体の雑誌も買ったりした。本も読むし、二人で映画を見たり、たまった録画も見た。中断していたが読書をノートにまとめる作業を再開した。
ずいぶんと時間の流れがゆっくりになった。睡眠時間すら確保できず、いつ事故を起こしても不思議ではなかった。

今ではネットを使わなくなった。なんてことはない。時間は減ったが今でもそれなりの時間をネットで暇つぶしの時間に当てている。きちんと睡眠は取れているし、夫婦のコミュニケーションも取れている。新たに二人で発達障害について考え直す機会にもなった。

後日医師のところに旦那が行ってきた。今はSNS依存症の相談がすごく増えているそうだ。医師も手をこまねいているわけではなく、その学会だかなんだかもできているそうだ。精神科医からは離婚にならなくてよかったと言われたので、そういう例を見てきたのだろう。
ただ、私のように自分から対策を考えてくる人は珍しいと言われた。
不可解な薬の変更も、いろいろ旦那が効能を調べた結果「考えあってのものと」分かり再び信頼できると思った。

依存症は依存の対象を取り上げてはいけない。時々子供がゲームをやりすぎるからとゲーム機など壊す親がいるがあれは間違いだ。旦那もそう思って私から取り上げなかった。取り上げられていたらキレていたと思う。

本人が気づいて自分から治療しようとしないと駄目ということなんだろう。

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Author:ありょーしゃ
過労→希死念慮→自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)→当事者会を立ち上げる前に辞める→旦那の献身的な対応で私生活は問題なし。

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